とあるパチンコ屋の末路 最終話(それぞれの末路と、ありがとう)





続編となります。

前回まではこちらの記事からどうぞ!

とあるパチンコ屋の末路①

とあるパチンコ屋の末路②

とあるパチンコ屋の末路③

とあるパチンコ屋の末路④

とあるパチンコ屋の末路⑤

とあるパチンコ屋の末路⑥

とあるパチンコ屋の末路⑦

とあるパチンコ屋の末路⑧

とあるパチンコ屋の末路⑨

とあるパチンコ屋の末路⑩(破滅へのカウントダウンのパチンコ屋)

とあるパチンコ屋の末路⑪(終幕への扉)




2002年9月頃、超弱小パチンコ店アラジン店長は1つの決断をすることになる。

店の閉店終了後、店長は俺と岡崎を呼び出して話しを始めた。

記憶が薄いが、もしかしたら近場のファミレス又は焼肉店で食事しながら話した可能性もある。

店長「ユウ(管理人)、岡崎、もうアラジンはダメだ。実はね、お前らの給料は三か月前から私が本部の代わりに立て替えているんだ。社長にはお前らがこの店で必要な存在だから、給料をしっかり支払って欲しいと伝えているが、出す気は感じられない。あの人は、いや社長とその会社はかなり経営がヤバいし、今後も給料が出るかは難しい。当然だが、私にも給料は出ていない。」

アラジン店では利益が出ているし、その為の努力もしてきた。別に本部の為じゃない。

全てはこの店を良くしようと、店長・俺・岡崎の強い想いがあったから・・・

そして、俺と岡崎は店長を尊敬しており、またこの3人で仕事をすることが好きだっかたら。

アラジン店だけの経営状態を考えれば、店長曰くまだまだ伸びしろがある、資金を使えれば尚更だということだが、利益は全て本部に持っていかれており、本部からの援助は一切期待出来ない。いや、それどころか本部にとってはこのアラジン店の収入が唯一の生命線と言える。だが、それだけ多大な貢献をしているアラジン店とその従業員に対して給料未払いという最悪なことをしているのである。

そして、更には本部の刺客ペテルギウスがアラジン店乗っ取り計画を進行しているわけであり、更にはこれ以上は俺達の給料を立て替えるのも厳しいので、もう限界というところまできたということだった。

そして、店長は2つの道を俺達に示した。

①1つ目は、アラジン店長が去っても、俺と岡崎は店を辞める必要はないからこのまま店に残り働くか?

②2つ目は、アラジン店長と共に3人で辞めて、お互い新たなる道を歩いていくか?

俺も岡崎も答えはペテルギウスがアラジン店に来た時に既に決まっていた。

それは、アラジン店ではアラジン店長以外の店長の下で働く気はないということを。

だから、選択した道は②の3人一緒にアラジン店を辞めることであった。

この3人でもう働くことが出来ないことに寂しさを覚えたが、それ以上の本部の社長とペテルギウスに強い怒りを抱いた記憶がある。

そして、それを決断してから数週間後ぐらいだろうか?

恐らくは、9月末頃・・・

超弱小パチンコ店アラジンでの最後の勤務を終えて、俺と岡崎、そしてアラジン店長は同時に退職した。

その瞬間、ペテルギウスがアラジン店の新店長になった瞬間でもあった。

ペテルギウス新店長「ここまでご苦労さんでしたね。それにしても・・・あなた達は・・・本当に・・・怠惰でしたね~」

※実際は何を言ったか記憶にないが、最後の捨て台詞は俺達3人を馬鹿にしたような台詞だったのは確か。

こうして、俺のアラジン店での約2年半ちょいぐらいの長いバイト生活は完全に閉じたのである。

ちなみに、俺が1つの会社でここまで長く勤務(世間的には短いがw)したのは俺の人生36年間で、唯一ここだけであった。

※後の人生では正社員でも最高で1年半ぐらいが限界、現在の自営業がもうすぐ2年半になるぐらいである。

こうして幕を閉じたのだが、その後にこの店がどうなったかをお伝えしようと思う。



その後の話しは本部社長の右腕社員を通してアラジン店長が聞き、そこから俺達に話しが流れた形である。

まずは新店長に君臨したペテルギウス新店長について。

当然ながら従業員も辞めてしまった店には、ペテルギウス新店長1人だけ。

だが、社長の右腕社員が応援という形でこの店で働き、2人で店を回していたらしいのだが、店長を引き継いでから僅か1~2か月後(記憶が正しければ1か月)には店の売上は減少、そしてペテルギウス新店長は突然と店を辞めたしまったとのこと。社長と揉めたとも聞いたが、とにかく速攻で新店長ペテルギウスは逃げだしたのである。

ペテルギウス「あぁ怠惰だ~怠惰怠惰怠惰怠惰ぁ~」

その後のアラジン店は、社長の右腕社員が新店長となって運営をした。

だが、この右腕社員はパチンコ業界の人間ではなく、全くの素人(本部の事業は遊技関係じゃなく、飲食・カラオケ関連の会社であり、パチンコ店はこのアラジンだけ。)であり、そんな素人がいきなり店長になっても売上が戻ることはなく、更に減少したらしい。

話しはこの1年後ぐらいになるが、

本部の社長がどうなったかといえば・・・・

この男が正に鬼畜のような奴であり、社長を信頼した本部社員に給料未払いのままで突然と会社が倒産、社長はどこかへと雲隠れして消息不明、残された社員は給料未払い(数か月以上に渡り)のまま職を突然失う事態になった。

そして、最も哀れなのが社長の右腕社員。

この人は人が良く、人柄もいい感じな方だった。だが、それが災いしたのか・・・

実は社長の借金(会社の債務)の連帯保証人になっていたのである。

どんな理由があってあんなバカ社長の連帯保証人になったかは知らないが、この社長の下で何十年と勤めて、更には社長と共に長い道のりを歩んできて、社長の1番の助けとなり、連帯保証人までになって社長の右腕として活躍してきたのに、最後は裏切られたという形になった・・・

社長が消息不明であるわけで、莫大な借金は当然ながら連帯保証人の右腕社員のところにいったはずである。

社長「逃げるが勝ちということだ。」

そんなわけで、最終的にはアラジン店は俺達が辞めてから1年後ぐらいには崩壊。

本部が持っていたカラオケ店、飲食店等も全て崩壊。

そして、当然だが本部は倒産となったのであった。

ちなみに、アラジン店に関しては本部の倒産から閉店した後、建物はそのまま残り、それを買い取った法人が再びアラジン店を再開したのだが、それも長くは続かずに僅か1年程度で閉店、その後は完全に取り壊しとなり、現在では跡形もなくなっている。

その後、周辺地域のパチンコ店はどうなった??

 

前にもお伝えしたが、まだアラジン店にて働いている時にこの地域では強豪3店、そして新規強豪1店が存在していた。

ナンバー3の店は4号機の終焉と同じぐらいに閉店。

そして、元地域ナンバー1のクロロ店・ナンバー2のラウル店・新規GOPから地域ナンバー1の座を奪った利根川店は・・・

実は、もうこの3店舗中、2店舗は完全に潰れている。

地域ナンバー2のラウル店に関しては、5号機初期までは多分存在したと思うが、気がついたらいつのまにか閉店(建物も存在しない)していた。というか、このチェーン店自体は元々強かったのだが、過去10店舗ぐらいあった店舗も今ではたった1店舗になっている(既に過疎店)

ラウル店長「私は結果だよ…だから知る! 自ら育てた闇に喰われて、人は滅ぶとな! 」

新規GOPして地域ナンバー1の座を見事に奪いとり、覇権を握った利根川店長だったが、5号機時代に突入後、地域に大手チェーン店がこの地域に参入したことにより、一気に過疎店になった。

そして、ここ2年ぐらい前の話しだが、とうとう潰れたのである。

利根川店長「ぐがああああああああ!」

そして、元地域ナンバー1のクロロ店に関しては現在も実際に存在する。

だが、当時地域ナンバー1だった面影は一切なく、今では完全な過疎店である。

4P(4円パチンコ)に座っている人は平日昼間なら数人程度。

新規参入してきた大手チェーン店には到底太刀打ちできなかった。

クロロ店長「生かすべきは個人ではなく、蜘蛛」

だが、その蜘蛛(他の系列店舗)も現在ではほぼ閉店しており、現在ではこのクロロ本店のみが生き残っている形である。

時の流れにより、色々と変わってしまった。

長くなったが、こうして完全に超弱小パチンコ店アラジンは完全崩壊の道を辿ったのである。

今では跡地に全然別の建物(会社)が立っているが、今もあのアラジン店の建物・内部等は鮮明に覚えている。

あの当時、何故たかが安時給バイトの俺と岡崎があの店の為に必死に頑張ったのか??

 

それは、紛れもなくアラジン店長を尊敬していたことと、店長の下で仕事をすることに充実感があったからであり、またそれは自分自身の成長にもなっていたと思う。

また、岡崎という同僚の存在も大きい。

岡崎とは今も親交のある友人だし、あの当時の俺達は本気で頑張っていたと今でも思う。

そして、何よりもアラジン店長・俺・岡崎の3人で仕事をしていることは非常に楽しかったからであり、また3人が3人とも超弱小パチンコ店アラジンを強いパチンコ店にしようと一丸になって頑張っていたからであろう。

何よりも、あの超弱小パチンコ店アラジンが好きだったからかもしれない・・・

そして、この店を辞めてから僅か1~2か月後に最後の給料(店長からのポケットマネーだが)を貰う&飲み会をするべくして、俺達3人は2002年11月にとある街の飲み屋街に集合した。

この時の俺はまだ知らない。

この飲み会で最後に立ち寄った、とあるスナックで運命の人に出会うことになることになるとは・・・

そう、この話しの続きは実は現在公開中のシリーズに繋がっているのです。

その記事はこちら・・・36年彼女いない年齢男の唯一の恋愛追憶編①

~~おわり~~

PS・・・

ここまで読んでくれた全ての方に感謝です。これは本当にあった事実を元にしたフィクションです。

今尚、この時の記憶は凄く残っています。それだけ濃い2年半だったといえます。

当時、軽い気持ちで始めたバイトだったのですが、いつのまにかバイトとは思えないぐらいの仕事をしたり、仕事量、そして店の為に自分の力を最大限に尽くしていました。

本当は三か月ぐらいで辞める予定だったはずですし、どこに行っても長く続かない自分が最後の最後までこの店で働いていたことは、ひとえに仲間に恵まれたからです。

仮に仲間に恵まれてなかった、上司を尊敬できなかったら三か月と言わずに辞めていたのではないかと思っています。

人生において、また仕事においても仲間がいるということは仕事を続ける大切なモチベーションの1つであり、またその仕事を成功させたいとさえ思える強いエネルギーになると学びました。

ここで言うのはおかしいですが、言います。

アラジン店長へ・・・本当にお世話になりました。店長には色々とご迷惑をお掛けして申し訳ございませんでした。店長は私にとって人生最高の上司であり、1人のメンターでもあります。私の中では第二の父親的な存在であり、もし許されるならばいつかまた岡崎と共に3人で何かしらの仕事をしたいと子供のような甘い考えを今でも思っております。本当にありがとうございました。

岡崎へ・・・お前とはこの前遊んだばかりだな?あの当時、お前という素晴らしい同僚と一緒に頑張れた事、一緒の時間を過ごせたこと、それは俺にとってとても幸せな事であり、そして宝物だ。店長と、そしてお前に出会えたことに感謝を・・・。

これでこのお話しは終わりです。もし、このお話しを読んであなたが少しでも読んで良かったと思えたならば、以下の応援バナーにポチをして頂けると幸いです。ここまでお読み頂きありがとうございました。

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ユウ

初めまして、当ブログ管理人のユウと申します。 過去スロットで数百万円の借金を抱えたことのある元スロット破滅者ですが、その後スロットで借金を完済、現在は事業とスロ専に近い兼業で人生再生中です。 このブログでは過去の破滅的体験を活かした記事やスロ稼働記事を公開中です。