スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(2013年を終えて編)


どうも、管理人のユウです。

さて、今回もシリーズの続編となります。前回までの続きは以下をご覧下さい。
スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(波乱の出発編)
スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(偽りの専業編)
スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(絶望編)

スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(アホ編)

スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(パラダイス編)

スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・(転機と2度目の・・・編)
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11月1、2、3、4と4連敗をして、5日に1500円勝ち、6日に再び負ける。
そして、ほぼ資金がない状況となり、専業開始2度目の資金パンクとなり、再び11月にスロ専業強制引退とあいなったのである。
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資金がほぼパンク状態となった私は、再び日払い派遣へと戻るハメになった。

「また、日払い派遣か!」とホントに嫌になる。だが、仕方がない。

だって目先のお金がないのだから・・・。

「探せばどこかに正社員で入れるだろ??」と思うかもしれないが、実際問題として多重債務者&貯蓄のない人間には、正社員として働くのは無理なのである。

理由は至極簡単。

「働いても直ぐにお金が入らない=借金の支払いが払えない&精神的余裕がない&ガソリン代さえ厳しい」である。

だから、結果的に即金性のある、日払い派遣に行くことになり、結果的に安く使われることでドツボにハマるのである。その為、TVのドキュメント等で、日払い派遣やネットカフェ難民等の特集があるが、それに出てくる方達の切実な気持ちは痛い程に分かる。

私も東京に上京していた際に最初は会社の寮又は賃貸に住んでいたが、そのうちに金がなくなり住むところがない時には、上野・御徒町周辺にてサウナ暮らし、酷い時には上野公園で野宿をしたことが何回もある(ベンチで座りながら寝るのだが、夜中でも人通りがあるので中々落ち着いて寝れない、というか熟睡は無理)

ちなみにココ。ココ以外にも数ヵ所使用していた(上野以外含む)

オリエンタル|上野のサウナ・カプセルホテル

深夜サウナを使用していたのだが、隣がオリエンタルパサージュというパチンコ屋である。ここでも、結構負けた記憶がある。また、イベント時等には朝から人が並んでいる時があり、「自分は今から安い日払いの仕事に行くというのに・・・こいつらはパチスロか?クソが!!」と思ったこともある。

話しを戻そうか。

再び日払い派遣に戻った時には、実家暮らしなので、多少はお金が貯まる。でも、一ヵ月又は一ヵ月半程を収入なしは厳しく、実家にいても正社員の道は閉ざしていたのである。ただ唯一、警察だけは目指していたが・・・。

ま、そんな感じ。

2度目の実質パンクから、直ぐに日払い派遣を始めたのだが、派遣先はとある工場。そこで作っていたのは・・・


(c) モンキー・パンチ/TMS・NTV (c) OLYMPIA

何の因果なのか??
スロットを打っていなくても、スロット台の組み立て作業という仕事をするハメになるとは・・・・。

だが、ここでは多少時給が良かった(確か、1000円)。また、東京にプロのスポーツ選手を目指して上京していた中学生時代の同級生とバッタリ出会うことになるが、お互い30歳越えていて「こんなことろで再会したくなかった!!」とお互いに鬱な気分になったのだが、知っている奴がいることで嫌々ながらも、少しこの仕事を続けようと思った。

その後は、数日働くことで多少のお金を得る。「5円スロならば打てる!」と思った私は、仕事帰りに地元のパチ屋に行っては5スロのハイエナをして少しでもお金を稼ぐことに精を出した。

だが、11月は結果的に収支は-20500円であった。

そして、12月を迎える。

相変わらず、私は日払い派遣を続けながら毎日のように主役は銭形2の台の部品の組み立て作業をしていた。そして、仕事帰りには5スロでハイエナ、休日には遠いが5スロのパラダイス店に出向き、ひたすら期待値を積んでいた。

だが、5スロで貯めたお金を、欲を出して20スロの高期待値に使い不発=再びお金が減る。という具合で、確かに期待値は積んでいたのだが、12月は結果的に収支-26000円であった。

収支表を付けてからのデータとなるが、2013年のトータル収支は最終的に以下の数字であった。

+36万4500円

稼働期間6月23日~12月31日

収支的には一応は勝てるようになっていたのだが、勝ち額が少なすぎ&支払い等の関係から、結果的にはスロ専業(一部、兼業)としては2度の資金パンクを体験するという、激動の年となったのである。

まだまだ人生お先真っ暗状態で、2013年を終えたのであった。

だが、2014年から私の人生が徐々に進化していくことになるとは、まだ2013年の私は知らなかった・・・。


いよいよ、シリーズ「スロット専業者になった経緯と、スロット専業者になってパンクした過去と、その後・・・」も次回で最終回となります。お楽しみにして下さいね。

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